東京高等裁判所 昭和28年(う)2678号 判決
被告人 吉田文吉
〔抄 録〕
一、論旨四(証拠の任意性を争う点)について。
所論は要するに、原判決引用の証拠の中、税務署員作成の質問顛末書及び被告人に対する検察官の供述調書は、いずれも強制もしくは誘導による尋問に基いて作成せられたものであると主張するのであるが、一件記録を精査し、かつ押収にかかる証拠物を逐一検討しても、所論摘示の書面の記載が任意性を欠如するものであると認めるような証拠は存在せず、その書面の記載の形式竝びにその内容に徴すれば、かえつて、右はいずれも任意の供述であると認めるのを相当とするばかりでなく、原審公判調書の記載に依れば、原審公判に於て、所論の各書面が検察官から証拠として提出された際被告人もしくは弁護人はそれに同意し(少くとも異議を述べた形跡はない)たことが認められるが、これは即ちその供述が任意になされたものであることを是認し、その証拠能力を認めた趣旨と解すべきものである。而してひとたび自己の供述調書(及び質問顛末書)を証拠とすることに同意しながら、後に至つてその供述の任意性を争うが如きは前後矛盾した行為であるから、さきの同意の撤囘又は訂正について特別の事情の認められない限り許されない行為であるといわねばならない。然るに一件記録を精査し、かつ当裁判所で行つた事実取調の結果に徴しても、被告人や弁護人が、前記質問顛末書又は供述調書に関してなした同意に瑕疵があつたと認めるに足る証拠は全然認められないから、原裁判所がこれ等の書面を証拠能力あるものとして、証拠に採用したのは正当であつて、論旨は理由がない。
一、論旨の一、二の第二、三、及び五(事実誤認に関する点)について。
物品税は、本来消費者に負担せしめる建前であつて、(嗜好飲料についていえば)これを製造業者から納税させるのは一に徴税の便宜に基くものに他ならないから、嗜好飲料がひとたび製造場から移出され、一応課税の対象となつても、後日これが製造業者に返戻されてきたような場合には既に課税された分だけは控除せらるべきものであることはまことに所論の通りであるが、物品税法第八条、第九条の規定に徴し、かつ当審証人松下三郎の証言に依れば、嗜好飲料の製造者は毎月その製造場から移出した物品について、その数量を記載した申告書を翌月十日までに政府に提出すべきものであつて、その返戻品に関する取扱は、移出した当月中に返戻されたもの(即ち未申告分については、(酒税法に於ける酒類に対する課税と異り)当初から移出しなかつたものとして申告の要なく、唯ひとたび移出品として課税申告をした後に返戻されたものに限つて、控除の問題が生ずるものであること、かかる返品に対する税の返戻については、制規の手続に従い申告をしたうえ、その返品を受けた時以降に納付すべき税額から、その返品に課せられ、もしくは課せらるべきであつた物品税に相当する金額を控除すべきものであつて、製造業者が擅に、その後に移出し、課税申告をすべき分から、さきの返品に相当する数量を控除して申告することを許されているものではないことが明かである。従つて仮に被告人が本件課税申告をなすに際し、その前に申告しておいたものの中、返戻された分を移出数額から控除して申告した事実があつたとしても、それは情状において斟酌されることのあるのは格別、その措置は違法たるを免れない。しかのみならず、原判決挙示の証拠、殊に押収にかかる物品税標準額申告書謄本(当庁昭和二十八年押第八二四号の一四)の記載によれば、被告人が本件物品税課税標準申告書を所轄葛飾税務署に提出したのは、昭和二十六年五月分が同年六月十日、同年六月分及び七月が同年八月十日であることが認められるが、右各申告期日以前に返戻された物品、数額、返戻先(即ち被告人が右申告について控除したと主張するもの)については、記録を精査し、かつ当裁判所の行つた事実を取調の結果に徴してもこれを明かにすべき証拠は存在しない。もつとも当審に於て、弁護人から提出された書証の中に、返品証明書なるものがあり、その中、証第十六乃至第二三号に依れば、昭和二十五年七月及び八月に被告人の製造場から移出したものが、同年九月乃至十二月及び翌二十六年六月に返品された事実の存することが認められるが、これ等の物品がさきに移出された時、正式に申告してあり、既に課税の対象となつたという点については何等の証拠はない。また証第六号乃至第十五号及び第二十五号乃至同第三十五号に依れば、昭和二十六年五月以降に移出された物の一部がその後返戻された事実のあることは窺われるけれども、その中本件に関係があるとみられるものは、いずれも前記各課税標準申告書提出以後に返品されたものであることが認められるから、これ等については、後日課税標準額申告の問題が生ずることのあるのは格別、被告人が本件各申告書提出当時に、その申告数量から控除してもよいと誤解する対象となるべき性質のものではないことが明かである。而して将来の返品を予想してその分だけ現実の移出数量から、予め控除して申告するということは許さるべきものでないことは論を俟たないところであるから、被告人が本件申告をなすに際し、実際に移出した数量をそのまま申告せず、それよりも少額の申告をしたのは、他に特段の事情の認め難い本件にあつては、遺憾ながら物品税逋脱の目的に出でたものと認めざるを得ないのであつて、その所為を以て、所論のような法律の不知もしくは課税申告事務の誤解に基因する結果なされた脱税の犯意なき行為であるとは認め難い。
また、被告人は、当公廷に於て「税務官吏脱税ありと認定する根拠とした被告人方の営業帳簿には、金融機関から融資を受けるについて、営業状態を良好に粉飾するため、架空の取引も併せて記載されていたから、原判決がその分まで含めて課税額を算出したのは不当である。」とも主張しているが、かかる事実は被告人が原審公判廷に於ては全然主張していないばかりでなく、原判決挙示の各証拠によれば、原判示不正申告による物品税逋脱の事実を認定するに十分であつて、記録を精査し、かつ当裁判所で行つた事実取調の結果に徴しても右脱税額算定の基礎となつた被告人方備付の帳簿に所論のような粉飾記載があつたという事実は認め難い。
要するに原判決には所論のような事実誤認は存しないから、本論旨もまた理由がない。